自分自身の選択

先日無料の健康診断ができるとのことで行ってきました。

用紙にはどの検査をするのか自分でチェックを入れる箇所があり、何の検査をするのか分からなかったので現地で確認してから決めることにしました。

そこで、血液検査ができるとのことなのでチェックを入れてもらい、指示に従い検査を進めました。

そして血液検査の場所で座った私はハッと思い出してしまったのです!!針を刺されることが痛いことを!!!!

でもそれが自分がした選択だったので自然と受け入れるという感覚で、”嫌だー!”という感覚ではなかったのです。

コロナのワクチンのときはそれも自分の選択だったけれど、それでも自分以外の世の中の流れだったり自分の”自由な選択”とは別の選択が私にはありました。(そう捉えていたのは私なんですが)

今回はとても自由な選択で、そして私が自分で選択したもの。

痛い瞬間はさすがに息を止め喰いしばりましたが、心に感じるストレスみたいなものは一切なかったのです。

あぁこれが行いの選択ということかと。はじめて腑に落ちました。

 

私たちはどのように生きるか、どんな仕事をするか、どんな生活をするか、それらを自分で決めることができます。

でもどこかで仕方なく行っているというものがあるのではないでしょうか。

生きるために稼がなければいけない。(本当に?)
食べなければいけない。野菜を食べなければ!(本当に?)
学校に行かなければ。(本当に?)
早起きしないと。(本当に?)

本当に自分の自由な意志で行ってますか?

心の底から自由に選択できているでしょうか?

 

本当の本当に自由に選択したものの行いが、その結果が心地よいものだった場合、きっとそれこそが魂が求めることなのかもしれない。